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演奏家vs作曲家
Player vs. Composer
それぞれの思い
  元々、作曲家と演奏家は同一人物でした。それが、曲が高度になるにつれ、分業が始まったのです。
  その結果、作曲家の思いに、演奏家の思いが加わり、音楽の次元が一つ高くなりました。一種の進化です。
  今、作曲家と演奏家が対抗し、編曲家と言う中間の存在が現れ、再び作曲者が演奏する形も多々登場しています。人間と同じで、音楽も試行錯誤を繰り返しているのです。
  音楽は人間そのものです。それで良いと思います。
某作曲家、某演奏家、某編曲家、某聴衆曰く・・・
演奏家の自由にはさせない、私は可能な限りの指示を楽譜に書き込む。
楽譜通りの演奏など、音楽の本質に反する。楽譜は基準であり、音楽は生きているのだ。
私は、演奏家の為に作曲しているのではない。楽器の為に作曲しているのである。
人は不完全だから面白い。ノーミス演奏が聞きたければ、機械に演奏させれば良い。
曲は絵、演奏は展示である。私は編曲家として、相応しい額縁にこの絵を入れる。
頼まれたって、あいつの曲など演奏してやるものか。合わないのだ。
演奏家に、楽譜に書かれていない思いが理解できるものか。
この作曲家とこの演奏家、これ以上の組み合わせはない。
君にライブの良さが解かるかな?
どんな音で演奏されても、私の頭の中ではちゃんとした音で音楽が鳴っているのさ。
作曲家、演奏家、聴衆が一体になれた時に、新しい芸術が完成する。(K子の音楽室)

作曲家との対話(詳細再構築中です)
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