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演奏家vs作曲家 中世紀
Christianity Periods

音楽の位置付け

この頃の音楽は、宗教音楽と俗歌に大別できます。前者はキリスト教の一部であり、理性の為の音楽法が発展する基盤となり、高さと長さの正確な記譜法ができました。この結果音楽は最高芸術の一つとして見なされ、大学でも地理や天文学と並んで教えられました。
この頃の音楽は、声楽が主体でした。器楽は声楽の伴奏として用いられ、単独では演奏しませんでした。

教会旋法による音階

最古のキリスト教聖歌は、ヘブライの宗教歌にギリシャ、ラテンの朗吟調を交えた詩の吟唱と言われています。これから無駄な装飾を排除し、秩序あるリズムを生み出したのは、ミラノの主教聖アンブロジウス(St. Ambrosius:340-397)でした。彼は、4種類の旋法=正格旋法(Authentic mode)を制定しました。
法王グレゴリオス(Gregorius:540-604)は、更に変格旋法(Plagal mode)を4つ制定しました。また、二組の聖歌隊が交互に歌う交互唱形式を創案しました。
左列が正格旋法、右列が変格旋法、これら8旋法を教会旋法と言います。
なお16世紀に入り、ここに現在の長短調旋法が加わりました。
左列が正格旋法、右列が変格旋法、これら8旋法を教会旋法と言います。

和声の出現

キリスト教が生まれて最初の8世紀は、主教音楽は単旋律で歌われていました。9世紀頃主旋律に対して副旋律(器楽においてはOrganum、声楽においてはDiscantusと呼びます。)が用いられだしました。副旋律は、殆ど主旋律と平行で、8度、5度、または4度でした。この4度、5度、8度が、当初協和と考えられ許されました。
やがて、平行進行だった副旋律が、反進行も採り出しました。この結果、3度、6度の音程も出現しました。これが、対位法の芽です。

音の長さの制定

グレゴリウス聖歌は、まだ音の長さを自由に採っており、拍子の概念も存在しませんでした。即ち、単旋律には音の長さと拍子が必要なかったと言う訳です。
しかし2声になると、互いの歩調を合わせる為に、音の長さを規定する必要が生じました。12世紀には拍子も生まれました。この頃音程も厳格となり、現在の記譜法の基となる4線譜記譜法が考案されました。

俗歌について

俗歌は、丁度現在のシンガソングライターの様な音楽形態でした。ドイツやフランスでは、上流階級の歌人が作った曲を、旅芸人に歌唱させてました。この旅芸人は、各地を歩き回り、歌の紹介と共に情報交流の仲介人ともなりました。

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