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演奏家vs作曲家 バッハ
Johann Sebastian Bach

Johann Sebastian Bach (1685-1750)
誕生地(東)ドイツ/アイゼナッハ
愛称音楽の父
家族構成ヨハン・ アンブロージウス、母エリーザベトレオポルド、7人の兄姉、
前妻マリア・バルバラ 、後妻アンナ・マグダレーナ
子供20人前妻/7人、後妻/13人(息子5人と娘4人が生存・音楽家は2名)。

 音楽の父と呼ばれ、音楽の母と呼ばれたヘンデルと共に、ドイツ音楽の創始者です。当初はオルガニストとして教会音楽を通して宗教の普及に努めつつ、音楽理論の研究や教会音楽の作曲を続けました。楽曲や研究成果は、旧約聖書と呼ばれます。
 オルガンや聖歌隊の為の教会音楽、室内楽、そして平均律等の優れた作品を残しました。また一方で、対位法や和声等のクラシック音楽理論のベースを構築しました。当時はピアノはありませんでしたので、チェンバロ曲をピアノ演奏している事になります。

私がバッハです。音楽は、神から授かった秩序ある心の支えです。アーメン。

バッハと言う音楽家
 バッハについては、作曲家ではなく、こう書かせて頂きます。と申しますのは、音楽理論の研究家、そして宗教音楽を復旧した演奏家としての役も大きかったからです。
 18世紀以前はドイツからは優秀な音楽家が殆どおらず、バッハとヘンデルが事実上のドイツにおける音楽の創始者でした。バッハ家の音楽の始まりは、粉引きのファイト・バッハがチューリンゲンが1597年頃アルンシュタットに引っ越して来た時です。粉引きでも大作曲家につながる史実は、音楽を学ぶ方の励みになると思います。やがて、叔父のヨハン・スリストフ・バッハ(バッハの長兄も同名)を経て、バッハの時代につながります。
 バッハはオルガン手および宮廷楽長として、各地に赴きました。各赴任地、@ワイマール、Aケーテン、Bライプチッヒで、かなり明確に作曲活動を分類できます。即ち、ワイマール時期(1708〜)は、ヴィヴァルディ等のイタリア作曲家を中心に研究し、オルガン曲を中心とした作曲活動をしていました。ケーテン時期(1717〜)は、教会音楽から離れ、室内楽の作曲に力を入れました。室内楽作品の殆どは、この時期に書かれました。ライプチッヒ時期(1723〜)は、廃れ始めた教会音楽、特にオルガン曲と合唱曲の再興に力を入れました。
 教育と普及に多忙な時代であり、それ故バッハは生前は作曲家ではなくオルガニストとして有名でした。バッハは純粋に宗教の為に音楽を研究し実行していったので、自分の名誉の為の行為としては楽譜を残しませんでした。構成の作曲家の基本となった遁走曲技法についても、当時は殆ど知られずままでした。全ての作品や研究成果は、偉大な宝物のまま自室の棚にしまいこまれました。(棚にあったから良かったですね!)バッハの曲は後にいろいろ整理され、現在ではヴォルフガング・シュミーダーによる作品目録番号が一般的です。

バッハのピアノ曲
 その頃は、ピアノはまだ存在してませんでした。バッハのピアノ(クラヴィア)曲は、本来全てチェンバロまたはクラビコードで演奏する為のものであり、ピアノで演奏する際には翻訳が必要となります。
 またその頃、調律法が自然音階から平均律音階に移行しました。バッハの曲は、芸術的かつ自然科学的神秘さを今もって内含する、現代に蘇った化石と言えましょう。

平均律クラヴィア曲集
 平均律とは、1オクターブを12音階で分割する調律法の内、どの隣り合う音程同士の周波数比も同一(=2の12方根≒1.06)となる様にするものです。鍵盤楽器で移調しようと思うと、平均律でなければ鍵盤が足りなくなります。確かに平均律音階は、自然倍音で作られた自然音階とは違った音感を持っている様です。バッハは、当時新たに出現した平均律に対して、全ての音の長調と短調の曲を1曲ずつ合計24曲作り、それらを1巻にまとめ、2巻の平均律曲集を作りました。音階ごとに鍵盤楽器の場合にはドレミの鍵盤が異なる訳で、読譜と演奏の練習になるのは勿論ですが、きっと新しい平均律音階の確認もしたかったのでしょう。平均律の序文には、「音楽を勉強する若い人達の為に、そしてまた既にこの学習を身に就けた人達の特別な楽しみの為に。」と明記してあります。
 24曲は全て、前奏曲+遁走曲の形式です。従って、外国では「平均律曲集」とは呼ばず、24の「前奏曲と遁走曲」と呼ばれる事も多い様です。前奏曲遁走争曲はそれぞれ別の主題から成りますが、自然な関連性がある様に思えます。遁走曲の声部数は、2声から5声までまちまちです。
第1巻
第1番ハ長調BWV846
第2番ハ短調BWV
第2巻
第1番ハ長調BWV
第2番ハ短調BWV

オルガン曲
 オルガニストだったバッハの名曲と言えば、やはりオルガン曲でしょう。ピアノが澄んだ純粋な宇宙に輝く星とすると、オルガンの音色は宇宙そのものです。バッハは、オルガン曲を210曲以上残しました。18曲の「前奏曲と遁走曲」、5曲の「トッカータと遁走曲」、5曲の「コラール変奏曲」が、特に有名です。幻想曲、と奏鳴曲もあります。
 その音色には、バッハの作った遁走曲は似合ってます。遁走曲と言えば、音楽家の誰もが怖がる対位法を思い浮かべます。しかしバッハの遁走曲は、単なる技法的な秩序だけでなく、広大な心と純粋な感動を表現しており、さながらショパンの練習曲を思い出させます。勿論、バッハの遁走曲の技法としての複雑さは言うまでも無く、演奏家ならバッハの曲から逃げたくなるのは同じ演奏家として良く解ります。遁走曲を練習しているとよく指が絡んで弾けなくなりますが、これは即ち頭が絡んでいるのです。
 なお、オルガン曲をピアノ曲に編曲した楽譜がいろいろありますが、それらは基本的にはペダルの声部を指で弾く為に音符を触ってます。私は、やっぱりオルガンの原曲の方が好きです。でも、オルガニストって、足も一緒に動かさなければならないので、大変ですね! なお、オルガンの楽譜や知識を、北海道大学パイプオルガン研究会の副会長さん小山千佳様より頂戴しております。ありがとうございました!(引き続きご指導下さい。)
遁走曲「小フーガ」ト短調BWV
トッカータと遁走曲ヘ長調BWV
トッカータと遁走曲ニ短調BWV

室内楽曲
建築中
G線上のアリア長調BWV
調BWV

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